2008年3月5日水曜日

三井 住友 海上 保険

日野草城―俳句を変えた男

 本書は俳人日野草城の評伝。日野草城は、一九〇一年(明治三十四年)東京の生まれ。旧制第三高等学校(三高)を経て京都帝国大学法学部を卒業する。三高時代から山口誓子等と三高俳句会を始めた。大学卒業後は、俳句の縁で知った浅井諦魚(あさい・ていぎょ)が役員をつとめる大阪海上火災保険株式会社に入社した。入社後も俳句を続け、会社内にも俳句仲間を形成していく。サラリーマン俳人日野草城は、「重役会風景」という連作俳句を作っている(一八三ページ)。以下は、その一部。パッカード来て日盛りの玄関に扇風機厳秘の文書飛ばんとす夏痩せの瞳の大いなる女秘書 以上は、サラリーマン俳句のジャンル。しかし、なんといっても有名なのが次のようなエロスをテーマとした句である。春の灯や女は持たぬのどぼとけ薫風に素足かがやく女かな肌ぬぎやうらはずかしき乳二つ 旧制中学時代に早くも「ホトトギス」に投稿を開始。大学卒業直前には「ホトトギス」の課題句選者となり、一九二九年(昭和四年)には「ホトトギス」同人となる。しかし、高浜虚子は一九三六年(昭和十一年)に日野草城を「ホトトギス」同人から除名する。その原因は、草城のエロスをテーマにした俳句にあったのか。俳句史が専門の著者(神奈川大学教授・文学博士)が、永年の研究の成果を開陳している。なお、日野草城はサラリーマンとしても出世の階段を駆け上がり、神戸支店長の職に就いたが、戦後の混乱期に結核を患い一九四九年(昭和二十四年)に退職する。ときに四十九歳。以後、療養生活をしながら、俳作に励むが、昭和三十一年に死去する。日野草城が勤務したのは、現在の三井住友海上火災保険㈱の前身会社のひとつである。

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